はじめに:顧客満足とは?
顧客満足度は、あらゆる業種において重要な指標とされています。
満足度を把握し、改善につなげることで、リピート率の向上やクレームの減少、ブランド評価の強化といった成果が期待できるため、多くの企業が満足度調査を実施しています。
では、顧客は何に「満足」しているのでしょうか?
そして、その「満足」は、どのような仕組みで生まれているのでしょうか?
顧客の声を集めるうえで、こうした“満足の構造”をどう捉えるかによって、調査の設計や結果の解釈のしかたは大きく変わってきます。
本コラムでは、顧客満足に関する代表的な理論をいくつか取り上げ、それぞれの特徴や限界、調査設計・データ活用への応用可能性について整理していきます。
読み進めていただく中で、「自社の調査は何を捉えているのか」「見落としている視点はないか」といった問いが浮かび上がり、調査設計の見直しにもつながるはずです。
「満足とは何か?」という根本の問いに立ち返ることで、調査を“より実効性のあるもの”へと高めるヒントをつかんでいただければ幸いです。
第1章 顧客満足とは何か? ─ 基本構造と多様な視点
「顧客満足(Customer Satisfaction)」という言葉は広く使われていますが、その正確な意味を問われると、意外とあいまいなまま使われていることも少なくありません。
そもそも“満足”とはどのようにして生まれるのでしょうか?
1.1 満足とは「比較」によって生まれる ─ 期待不一致理論
顧客満足に関する理論の中でも、最も基本的かつ広く受け入れられているのが「期待不一致理論(Expectancy Disconfirmation Theory)」です。1970年代にオリバー(Richard L Oliver)らが体系化し、現代の顧客満足研究の出発点となった基礎理論と位置付けられます。
この理論では、顧客があらかじめ抱いていた「期待(Expectation)」と、実際に体験した「知覚されたパフォーマンス(Perceived Performance)」とのギャップが、満足・不満足の感情を生むとされます。
- 期待どおり → 満足
- 期待を上回る → 非常に満足
- 期待を下回る → 不満足
この構造は、顧客満足度調査の設問設計や分析モデルにおいて基礎的な枠組みとなっており、多くの企業や研究者に採用されています。
1.2 期待不一致理論の深化 ─ 満足の感情的側面
ただし、この理論には限界もあります。
たとえば、顧客が明確な期待を持たずにサービスを利用した場合(初回利用や無意識の期待など)や、感情的な反応が満足に大きく影響する場合には、期待だけでは説明が難しくなります。
のちにオリバーは、満足を「快い消費体験に対する感情的充足(a pleasurable level of consumption-related fulfillment)」と定義し、満足が単なる比較評価ではなく、ポジティブな感情に裏打ちされた心理的状態であることを強調するようになりました。
第2章 満足を多面的にとらえる ─ 主要理論等の概要と活用可能性
期待不一致理論を補完する形で、満足をより多面的に理解するために役立つ考え方がいくつかります。
ここでは、「比較の相手」「感情の積み重ね」「属性の分類」「記憶に残る出来事」といった観点から、満足を異なる切り口で捉える代表的な理論等を紹介します。
2.1 公平理論(Equity Theory)
① 概要
人は、自分と他者との間の「報酬と投入(コスト)」のバランスを比較し、そのバランスが取れているときに満足を感じ、不公平を感じると不満につながるという理論です。
主に社会心理学から発展し、「取引における不平等感」や「関係性のバランス感覚」を捉えるうえで有効です。
② 有用な点
- 継続的な関係が重視される場面で有効。
- 価格に対する品質、対応、納期などの“取引全体のバランス感”を定性的にも捉えやすい。
- 値上げや仕様変更など、“相手に負担を求める局面”での納得形成にも役立つ。
③ 批判/限界
- 「誰と比較するか」という基準が曖昧。
- 満足の感情よりも“不満足の原因分析”に寄与する理論という性格が強い。
- 定量調査への組み込みはやや難しい。
2.2 感情に着目した視点
① 概要
満足とは合理的な評価というよりも、サービス提供中や利用体験中に感じた「感情の積み重ね」によって形成されるとする見方です。
たとえば、「嬉しい」「安心」「驚き」「イライラ」などの感情の正負が蓄積され、その総体として満足が生まれるとされます。
② 有用な点
- 感動や共感といったポジティブな感情を重視する業種(例:接客、教育、ホスピタリティ)で活用しやすい。
- 自由回答やインタビュー分析と相性が良く、言語化された感情を拾うアプローチに展開可能。
③ 批判/限界
- 感情の定義と測定が難しく、調査設計に取り入れるには工夫が必要。
- 理論的に整理されたモデルが少なく、直観的な理解にとどまりやすい。
2.3 狩野モデル(Kano Model)
① 概要
1980年代に狩野紀昭氏が提唱したモデルで、製品・サービスの属性を「当たり前品質」「一元品質」「魅力的品質」「無関心品質」「逆品質」の5つに分類し、それぞれが満足に及ぼす影響の非対称性を明示しました。
② 有用な点
- アンケート設計時に「どの属性がどのタイプに該当するか」を確認することで、改善策の優先順位が明確になる。
- 満足と不満足が同じ構造ではないことを認識できるため、調査結果の解釈に奥行きが出る。
③ 批判/限界
- 属性分類に主観が入る可能性がある。
- 分類のための設問設計がやや煩雑で、一般的な満足度調査とは形式が異なる。
2.4 クリティカル・インシデント法(CIT)
① 概要
顧客が体験した「特に印象に残っている出来事(クリティカル・インシデント)」を自由回答で収集し、満足・不満足の要因を探索する質的分析手法。
② 有用な点
- 定量調査で拾いにくい「具体的な不満」や「意外な感動」が明らかになる。
- 改善に直結するエピソードを収集でき、社内共有や教育資料にも活用可能。
- AIによるコメント分析では捉えにくい“具体的な背景”を明らかにできる
③ 批判/限界
- 分析に手間がかかり、熟練者の判断が必要。
- 代表性があるとは限らず、全体像を捉えるには向かない。
[本章で紹介した主要理論等の概要]
理論など | 内容 | 特徴 |
---|---|---|
公平理論 | 他者との比較における「報酬と負担のバランス」が満足感に影響する | 継続的な取引関係や“納得感”を重視する場面に有効 |
感情に着目した視点 | 顧客体験中に生じた感情が、最終的な満足を規定する | 感動・共感など、ポジティブな感情を扱う業種で有効 |
狩野モデル | 属性を「当たり前品質」「魅力的品質」「一元品質」などに分類し、満足への影響を可視化 | 項目設計・優先度判断に活用しやすい |
CIT | 特に記憶に残る出来事(クリティカルインシデント)を通じて満足・不満足の要因を明らかにする | 自由回答や事例収集と相性が良く、改善策抽出に役立つ |
第3章 理論を活かした設問設計のヒント ─ 満足の“聞き方”を考える
顧客満足度調査においては、単に評価項目を並べるのではなく、「満足がどのように形成されるのか」という理論的な背景を踏まえることで、より本質的な問いを立てることが可能になります。
中でも、期待不一致理論は多くの調査設計の出発点となっていますが、それ単独では捉えきれない側面もあります。
そこで本章では、期待不一致理論を中心軸としつつ、第2章で紹介した他の理論等がどのように補完的に活用できるか?について、具体的な設問例や分析視点を交えながら、代表的な応用例に絞って紹介します。
3.1 「公平理論」の補完視点:相対的な評価を測る
期待不一致理論では捉えにくい「他者との比較による不公平感」は、公平理論の観点から補足できます。
例:価格に見合う価値という点で、どのように評価しますか?
例:他社と比較して、自社の○○はどうですか?
過去の経験や他社との比較を通じて「バランスが取れている」と感じられるかどうかは、再利用や継続の意思決定に大きな影響を与えます。
※ 実際のデータを見ても、満足度評価よりも他社比較評価の方が、推奨意向や継続利用意向といったロイヤルティ指標との相関が高い傾向にあります。
3.2 「感情に着目した視点」の補完視点:言語化された感情の収集
サービス体験中に生まれた「嬉しい」「不快」などの感情は、単なる評価スコアでは捉えきれません。
例:○○で印象に残った場面を教えてください。
例:○○で嬉しかった/不快だったことはありますか?
特に感情には、機能評価では見落とされがちな“人間的なつながり”や“心に残る体験”が表れるため、サービスの差別化やブランド共感の核となることがあります。
3.3 「狩野モデル」の補完視点:満足・不満足の非対称性を捉える
狩野モデルでは、「満たさなければ不満になる項目(当たり前品質)」と「満たせば満足が高まる項目(魅力的品質)」は異なることを前提にします。
例:属性ごとに、自由回答や評価スコアの分布などから「不満足の要因か、満足の要因か」を見極める
一定の満足がある状態でも、「より魅力的にするには何が必要か?」を自由回答で探索することで、長期的な満足度向上施策のヒントが得られます。
3.4 「CIT(クリティカル・インシデント法)」の補完視点:文脈をとらえる
CITでは、自由回答から満足・不満足の「エピソード」を掘り下げ、調査設計の盲点を補います。
例:特に印象に残った出来事とその理由を教えてください。
時系列や状況別に整理することで、文脈をふまえた改善案の立案が可能になります。
第4章 調査結果を読み解くフレーム ─ 数字の奥にある満足を見つける
顧客満足度調査の目的は、単に数値を得ることではなく、そこから“何を読み取り、どう改善につなげるか”にあります。
本コラムで紹介してきた各理論を活かすことで、調査結果の意味合いや改善優先度をより深く理解することが可能です。
前章では、満足を捉えるための設問設計の工夫について紹介しました。本章では、それに続くステップとして、得られた結果をどう読み解き、どう改善へとつなげていくかという“活用の視点”に焦点を当てます。
4.1 「期待不一致理論」で捉える:点数の変化より“印象の変化”に注目
満足度の小さな変化ではなく、「期待と体験のギャップ」に注目することで、より意味のある示唆が得られます。
- 期待を上回った/下回った体験に関する自由回答の変化
- 「改善された」という記述の出現が、定量評価に先行して表れるケースもある
- 数値の“見た目”ではなく、“感じ方”の変化に注目
4.2 「公平理論」で捉える:不満の背景にある“比較意識”を読み解く
不満足な評価があった場合、その理由が絶対的な低さではなく「比較による相対的不満」である可能性があります。
- 「他社と比べて」「以前と比べて」といった比較的表現の出現
- 改善アクションが“相対的にどう受け止められているか”を確認
- 対象者がどのような基準で評価しているか(例:過去の経験や他社との比較)を視野に入れて判断する
4.3 「感情に着目した視点」で捉える:言葉の“トーン”と感情語に注目
自由回答に現れる感情の質的変化は、点数以上に重要な評価情報になることがあります。
- 「安心した」「嬉しかった」「イライラした」などの感情語
- トーンの変化や肯定的な形容詞の出現頻度をモニタリング
特にホスピタリティ業界では重要な改善指標となりますが、教育・医療・公共サービスなど“感情的満足”が重視される領域でも有効です。
4.4 「狩野モデル」で捉える:数値だけでは見えない“項目の特性”を判断する
「評価が低い項目」を優先的に改善すれば良いわけではありません。まずは項目の特性を見極めることが必要です。
- 当たり前品質:低評価だと不満につながるが、改善しても満足度は上がりにくい
- 魅力的品質:満たすことで初めて満足度が向上する
- 「満足度」×「重要度」のマトリクスや、自由回答の文脈から見える“満足・不満の要因分類”といった多角的な分析がカギ
4.5 「CIT」で捉える:構造的な改善シナリオを描く
自由回答を構造的に分析することで、「どのような状況で満足・不満が生じたか」が可視化されます。
- 満足/不満の発生要因(行動・状況・結果)をマッピング
- 複数の要素が組み合わさって「満足」が生じる
- 改善施策も“単発”ではなく“組み合わせ”として設計する発想が重要
4.6 数字にとらわれず、“意味”を読み解く視点を
調査結果を活かすには、数字をそのまま受け取るのではなく、「なぜそうなったか」を読み解く姿勢が求められます。
理論に基づいた視点を持つことで、自由回答の中にある“変化の兆し”や“改善のヒント”を見逃さずに済むようになります。
調査の本当の成果は、レポートの数値ではなく、そこから生まれるアクションと改善結果にあります。数字の背景にある顧客の心理や行動を理解することで、より精度の高い改善施策を設計することが可能になります。
第5章 満足とは何か ─ 多面的に捉え、柔軟に活かす視点
顧客満足を理解するには、ひとつの理論や単一の指標だけでは不十分です。本コラムでは、期待不一致理論、公平理論、感情に着目した視点、狩野モデル、CITなどを手がかりに、満足の構造と評価方法を多角的に捉えてきました。
最後に、顧客満足度調査を有効に活用するために、押さえておきたい“視座”をあらためて整理します。
5.1 「満足」は単純な反応ではなく、重層的な評価である
満足とは、「期待との比較」だけでなく、「感情」「価値観」「他者との比較」「体験プロセス」など、さまざまな要素が交錯する心理的な反応であり、意思決定や行動にも影響を与える状態といえます。
理論に基づいて構造をひも解くことで、単なる“点数”では見えない本質を捉えることができます。だからこそ、複数の視点を取り入れた設計と解釈が重要になります。
5.2 数字よりも「変化」を捉える
調査結果を活かすカギは、「何点上がったか」ではなく、「印象や感情にどのような変化が起きたか」です。
自由回答などのコメント内容の変化、感情語の出現頻度、トーンの違いなどを捉えることで、改善の手応えや兆しを見逃さずに済みます。数値に現れにくい変化こそ、本当の成果を示していることもあります。
5.3 自社にとって意味のある“使い方”を設計する
満足度調査の正解はひとつではありません。自社の課題や目的に応じて、設計・分析・活用方法は変わってきます。
たとえば、
- 離脱防止が目的なら、「当たり前品質」の欠如に注目
- 関係性強化なら、自由回答で感情を拾う設計が効果的
- ブランド強化が目的なら、比較や印象に関する問いが重要
「標準的な型」に頼るのではなく、自社に合った“問いの立て方”と“使い方”を考えることが、成果につながる調査の第一歩です。
おわりに
顧客満足度調査は、顧客との関係性の質を見える化し、次のアクションを導くためのツールです。理論をふまえて設計し、データの“意味”を読み解くことで、調査から得られる示唆は大きく変わります。
調査を評価で終わらせず、「気づき」や「対話のきっかけ」に変えていく ─ そんな視点を持つことが、顧客満足度調査の本質的な活用につながるはずです。
顧客満足度調査の実践方法について、以下のコラムで詳しく説明しています。
▶ 顧客満足度調査(CS調査)の完全ガイド|基礎から活用まで徹底解説
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