「市場調査とマーケテイングリサーチの違い」について丁寧に解説しているサイトをよく見かけます。
そうした情報は学者にとっては必要かもしれませんが、実務では必要ありません。
実務家にとって必要なのは「何のために調査をするのか?」「調査で何がわかるのか?」「どのように調査をすればよいのか?」といったことでしょう。
そもそも市場調査/マーケティングリサーチを実施することにどんな意味があるのか?
まず、調査の意義について考えてみます。
市場調査は地図のようなもの
企業にとって、市場調査/マーケティングリサーチは地図のようなものです。そして調査会社は案内ガイドのようなものです。
やみくもに行動しても、結果につながることはまずありません。
調査をすることで、
「満足度を上げる」
「イメージをよくする」
「売り上げを増やす」
など、目的地への行き方が見えてきます。
江戸時代の豪商である三井家の家訓に、
「商いは的(まと)のごとし。手前よく調べるときは、当たらずといふことなし」
(商売というのは矢の的のようなものである。こちらがよく調べて臨めば、必ず当たるのだ)
という言葉があります。
これはまさに市場調査のことで、ビジネスにおいては、事前に十分に調査をしておくことが極めて重要であるということです。
市場調査を実施する理由
市場調査を実施することで得られるメリットは大きく以下の3つになります。
人々が求めるニーズを把握できる
顧客のニーズを把握することができれば、より消費者に合った商品やサービスを提供することができます。
そうすれば、消費者に選ばれやすくなり、使い続けてもらえる可能性も高くなります。その結果、継続的に利益を上げるベースができてきます。
調査をしたからと言ってすぐに売り上げが上がるわけではありませんが、売り上げを増やしていくベースづくりに調査が役立ちます。
目に見えないものを数値で表すことができる
目に見えない満足度も数値というわかりやすい形で社内に共有されることで、「この部分を改善して80%を目指そう」など、経営層と実務レベルとのベクトルを一致させ、全社一丸となって対策を進めることができます。
また、「友達にもすすめたいが98%!」など、わかりやすい数値は消費者にも伝わりやすく記憶にも残りやすいため、広告などのコミュニケーションにおいて効果的な情報になります。
客観的な実証データを得ることができる
市場調査から得られる客観的な実証データは、マーケティング戦略の策定、実行、再修正というPDCAサイクルのさまざまな局面で重要な示唆をもたらします。蓄積したデータを分析して思うように売れなかった理由を探り、次の機会に活かします。
そうすることで、失敗のリスクを低減し打ち手の成功確率を高めることができます。
たとえば、10本中1本の当たりがあるくじでハズレを引く確率は9/10です。調査で当たりくじの候補を5本、4本、3本、2本と絞り込んでいくことができれば、ハズレを引く確率は4/5、3/4、2/3、1/2と低く=当たりの確率が高くなります。
的を絞ることで、失敗するリスクを低減することができるわけです。
市場調査で扱うデータの種類
市場調査で取り扱うデータには、一次データ(Primary Data)と二次データ(Secondary Data)の2種類があります。
一次データは当面の問題を解決するために調査を実施して収集するデータで、主にグループインタビューやデプスインタビューなどから得られる定性データと、主に一般的なアンケート調査などから得られる定量データの2種類に分類されます。それに対して、二次データは、政府統計や各種の研究報告、あるいは過去の調査結果など、既に収集されているデータになります。
新たな調査の実施を検討する際には、まずは入手可能な二次データがないかどうかを検討します。デスクリサーチを行い、二次データについて検討しつくしたうえで、より詳しく、より正確で、より新しい、必要な情報を一次データとして収集するのが効果的なやり方です。
一次データを収集する定性調査と定量調査のメリット、デメリットを簡単にまとめると以下のとおりです。
分類 | 特徴 | 主なメリット | 主なデメリット |
---|---|---|---|
定性調査 | 「コトバ」で表す <主な調査手法> デプス・インタビュー、グループ・インタビュー | 理由や気持ちを具体的に聞き出すことができる。 対象者の表情や発言の流れからも有用な情報を得ることができる。 | 調査がうまくいくかどうか、インタビュアーや分析者のスキルによるところが大きい。 結果の解釈に客観性が保たれにくい。 |
定量調査 | 「数値」で表す <主な調査手法> 郵送調査、電話調査、Webアンケート、会場調査、など | 提示された選択肢の中から当てはまるものを選ぶことができるため、回答者の負担が少ない。 数値情報として集計しやすく、全体の構成を把握しやすい。 | 表面的な情報にとどまり、評価の理由まではわからない場合がある。 多数意見に注目しがちになる場合がある。 |
市場調査の実施プロセス
調査をするきっかけとなる「調査ニーズ」の確認から、調査結果をもとになんらかの対応策を実行するまでの流れをいくつかの段階に分けると以下のようになります。
調査ニーズ
調査が必要だと気付くきっかけです。
しかし、調査が必要と考える背景などを聞いてみると、調査ではない別の方法を採用することが望ましい場合もあります。
調査でできること、調査ではできないことを知っておくと、適切な判断をすることができます。
調査企画・設計
調査の実施にあたっては、調査目的を明確にし、欲しいアウトプットの形をイメージします。
そのうえで、調査対象者やサンプルサイズ、調査手法など、適切な調査デザインを検討します。
予算やスケジュールの制約もある中で、最適な企画をたてていきます。
調査票設計
調査対象者から得たい情報をスムースに引き出すための質問を作っていきます。
言葉づかい、質問フロー、回答形式、調査ボリューム、レイアウトなどについて細心の心配りをし、知りたい項目を無理や無駄なく質問に落とし込んでいく必要があります。
質の高いデータを収集するために非常に重要なプロセスです。
実査
実際に対象者から情報を引き出す段階です。
アプローチの仕方として、面接調査、郵送調査、Webアンケートなどの手法があります。
引き出す情報の種類では、定性調査、定量調査に分けることができます。
集計・分析
実査をして集めた定量データを集計してパーセントの数字などに集約する段階です。
大量の数字が並んだクロス集計表を読み込むのは大変な作業ですが、見方によって新たな発見があったりします。
集計結果からどのような情報をよみとることができるのか、分析者のセンスが試されるところです。
また、高度な多変量解析を行い、単に集計結果を眺めるだけでは得ることのできないデータの関係性を調べて、深い考察をすることもあります。
改善計画
調査結果をもとに対応策を検討して、施策の実施計画を立てる段階です。
実際のところ、この段階までたどり着くことができない調査も少なくないようです。
施策実施
改善計画、施策実施、そして施策の効果検証と続けていくことで、PDCAが回っていきます。
調査の成否を握るのは企画・設計プロセス
一般的には、調査の実施プロセスの中で一番お金がかかるのは実査の部分です。
後で簡単に紹介しますが、費用はピンキリで定量調査の場合で数万円~数百万円になります。全国で実施する訪問面接方式となると実査費用だけで数千万円になるものもあります。
しかし、一番お金をかけるべきなのは、上のフロー図の黄緑色で表示している調査企画と調査票設計の部分かもしれません。
Garbage In, Garbage Out、どんなに高機能なコンピュータでもインプットするデータの質が悪ければ、使えるアウトプットがでてきません。調査の場合も同じです。
調査を実施して以下のような“症状”がでていれば、企画・設計段階に問題ありと考えられます。
症状1:調査の協力率が低い
質問をパッと見て、あるいは、途中までやってみて回答したくないと思われるようなレイアウト、フローになっていませんか?自然な流れでスムースに回答できる調査票ではない可能性があります。
症状2:回答エラーや漏れ、抜けが多い
たとえば、1つだけ選ぶところが2つ以上だったり、無回答が続いたりしている場合には、質問文が読み飛ばされている可能性もあります。言葉遣いや回答形式、文字数など、要チェックです。
症状の1と2が出ているとGarbage Outでデータの精度が低いため、調査結果が出てきてもその先に進むことができません。
症状3:調査結果から次につながる情報を引き出せない
仮説もなしに、知りたいことだけを質問に盛り込むとこういう事態になりがちです。
これはGarbage In以前の問題です。
やみくもに行動しても結果に繋がることはまずありません。
まずは、直面する調査ニーズの背景を深く掘り下げ、具体的なリサーチ課題を設定し、そうした課題を解決するために、誰に何をどのように聞くのかといった調査方法を考えます。そして、調査から得られる結果を予想して対策についての仮説まで用意しておくことが必要です。
内製作業に比べるとお金はかかりますが、企画・設計こそ、調査会社のノウハウを活用してほしいと思います。
市場調査の全プロセスの中で、企画・設計部分の検討に最もリソースをかけておくことで、調査から重要な示唆を得て、マーケティング戦略の成功確率を高めることができます。
やり方はとても簡単で、こういう使い方をしたいから、こんなことを知りたいという調査ニーズを箇条書きで提示していただければ、それをもとに最適な企画を検討し、調査票を作り上げていきます。
基本的に、どの調査会社も調査の相談や見積りだけなら無料なはずですので、調査の企画に不安や不明点があれば、気軽に調査会社に問い合わせをするのが得策です。
調査の「費用感」
調査についてのよくあるお問い合わせに「費用感を知りたい」というのがあります。
「ピンキリなんでしょうが・・・」がくっついてくることもあります。
調査費用には確かに「ピンキリ」のところがあります。
100サンプルで数千円というWebアンケートがある一方で、6〜8人程度の対象者でありながら1グループ100万円を超えるグループインタビューもあります。
調査手法、対象者の出現率、サンプルサイズ、調査ボリューム、集計・分析の深度など、様々な要因が調査費用の多寡を左右します。
あくまでも目安として、主な定量調査手法の「費用感」を紹介します。
■ 調査手法比較表
手法 | 具体的な調査方法 | 実施可能質問量 | 実査期間 | 実査費用 |
---|---|---|---|---|
訪問面接調査 | 調査員が対象者の自宅を訪問し、対象者との対面で聞き取り調査を行う | 多い | 中 | 非常に高い |
訪問留置調査 | 調査員訪問時に調査票を預け、回答記入後、訪問または 郵送で回収する | 多い | 長い | 高い |
電話調査 | 対象者宛に電話をかけ、電話口で読み上げた質問に回答してもらう | 少ない | 短い | 中 |
郵送調査 | 対象者宛に調査票を郵送し、回答記入後、返送してもらう | 中 | 長い | 安い |
会場調査(CLT) | 対象者に、調査会場に来てもらい、そこで面接や自記式で質問に回答してもらう | 中 | 中 | 高い |
Webアンケート | 登録モニターなどに調査協力を依頼し、 Web画面上で回答してもらう | 中~多い | 非常に短い | 非常に安い |
この十数年の間にWebアンケートが普及し、大規模のデータを、短期間に、かつ、低コストで収集できるようになってきています。
たとえば、商品・サービスの普及率やシェアを把握することを目的として、n=2,000人を超える大規模な訪問面接調査を全国規模で実施しようとすると、実査費用だけで2,000万円程度が必要になります。
これに対して、Webアンケートであれば、百万円台どころか、数十万円程度で実施できてしまう場合があります。
■ n=3,000人の利用実態調査(40問程度)を全国規模で実施する場合の調査費用(目安)
調査の種類 | 費用目安 | 調査期間目安 |
---|---|---|
訪問面接調査 | 3,000~4,000万円 | 1.5~3か月間 |
訪問留置調査 | 1,500~2,000万円 | 1.5~3か月間 |
Webアンケート | 100~300万円 | 2週間~1か月間 |
さらに、最近では、無料で実施できるセルフ型アンケート調査のシステムもあります。
いまや大企業でなくとも、それこそ、個人でも調査を実施することができるようになってきています。
その気になれば無料でできる調査を、わざわざ市場調査会社に依頼して実施する意味
予算というものがある以上、「安い」に越したことはありませんが、「安い」=「よい」調査とは限りません。
限られた予算の中で、最大限の「価値」を生み出すことが、「よい」調査に求められる要件です。
「言うは易く行うは難し」
人を相手にする調査は、なかなか思い通りにはいきません。
よほどの天才でない限りは、場数を踏む中で経験値を高めていくことで、だんだんと最適解に近づいていくことができます。
調査会社が提供しているのは、この経験値が生み出す「価値」なのです。
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