安倍内閣が今国会の目玉と位置づけている「働き方改革」関連法案について、政府の国会答弁で用いられた調査データに相次いで不備が見つかり、野党から激しい追及を受けています。
問題の調査データは、平成25年に厚生労働省がまとめた「労働時間等総合実態調査」です。
安倍首相は、1月29日の衆議院予算委員会で、「平均的な方で比べれば、裁量労働制の労働時間が一般労働者より短いというデータもある」と、裁量労働制の拡大が労働時間の短縮につながるかのような印象を与える答弁を行いました(後日、撤回)。その際に比較されたのが、上記調査における「1日の労働時間」の平均
一般労働者: 9時間37分
裁量労働制: 9時間16分
というデータです。
公開されている調査結果
●「平成25年度労働時間等総合実態調査結果」厚生労働省労働基準局
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12602000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Roudouseisakutantou/shiryo2-1_1.pdf
を見ると、裁量労働制の「9時間16分」については数字が載っていますが、
一般労働者の「9時間37分」という数字は見つけることができません。
そして、裁量労働制の数字に関しては、
「企画業務型」の「平均的な者」
の労働時間データとなっています。
裁量労働制には、マスコミの記者や弁護士・税理士など19業務を対象とした「専門業務型」と、企業の本社などにおいて企画、立案、調査及び分析を行う労働者を対象とした「企画業務型」に分けられるのですが、働き方改革関連法案では「企画業務型」の対象業務が一部営業職に拡大される方向で審議が進められています。
次に、「平均的な者」についてですが、「労働時間等総合実態調査」では、「最長の者」と「平均的な者」に分けて集計結果が出されています。先の安倍首相の答弁においても、一応「平均的な方で比べれば~」との前置きがありましたが、厚労省の説明によると、この「平均的な者」とは
・調査対象月において最も多くの労働者が属すると思われる労働時間数の層に属する労働者のことをいう
とのことです。労働時間数の層(区分)の決め方によって「平均的な者」の範囲が変わってきそうですし、いずれにしろ一般的な「平均」とは異なる概念といえます。
さて、とりあえず(企画業務型)裁量労働制で働く人の「平均的な者」における1日の労働時間「9時間16分」については、公開されている調査結果の集計表から数字を見つけることができましたが、一般労働者の「9時間37分」という数字はどこから持ってきたのでしょうか。
集計表には、一般労働者の「平均的な者」における1週の時間外労働時間は載っており、こちらの平均は「2時間47分(167分)」となっています。
週5日勤務だと1日あたりの残業時間は33.4分、1日の法定労働時間を8時間として合わせて「8時間33分」となり、勤務条件の多少の違いを考慮するとしても「9時間37分」よりは大分短くなりそうです。
民進党の発表によると、野党6党の合同ヒアリングにおいて、厚労省から「1週の法定時間外労働の平均「2時間47分」というのは、母集団に復元(業種や規模によって加重平均)した値で、一般労働者の「平均的な者」における1日の労働時間「9時間37分」(から法定労働時間の8時間を引いた残業時間「1時間37分」)とは算出方法が異なる」との説明があったようです。
https://www.minshin.or.jp/article/113120
また、調査票(抜粋)を見ると、一般労働者の「1日」「1週」の法定労働時間超は「最長時間数」を質問している一方、裁量労働制の方は、事業者が「労働時間の状況として把握した時間」を記入する形になっています。
さらに、今回は、厚労省から提出された一般労働者に関する基データ(11,575件)について
・1日の労働時間が24時間を超えてしまう
・1日の残業時間が1週や月間よりも長い
といったデータの不備も次々に見つかりました。
時間などの数値質問は単位の勘違いなどによる誤記入もあるでしょうし、集計前に異常値や回答間の整合性をチェックし、必要に応じて削除・修正するデータクリーニング作業が欠かせませんが、厚労省はその作業を怠っていたのでしょう。
ただ、仮に基のデータ自体は正しかったとしても、質問・算定方法の異なる一般労働者と裁量労働制の労働時間を比較することが不適切なのは明らかです。
今回は厚労省の担当者が政権の意向に沿った統計データを出そうと忖度したのかどうかわかりませんが、あまりに不自然でお粗末だったため早々に問題が発覚しました。ただ、統計数字の説得力は強力ですので、巧妙に見せられると疑いなく受け入れてしまう危険性もあります。さすがに今後は他省庁も含め公的データの精度向上に努めていくでしょうが、私たちもデータの背景や意味を正しく読み取れる統計リテラシーを高めていきたいところです。
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