日本銀行の黒田総裁が「家計が値上げを受け容れている」と発言して批判を浴び、「表現が適切ではなかった」と陳謝して撤回する異例の事態となりました。

問題の発言は、共同通信の研究会における講演で述べられたものです。

当日の講演資料は日本銀行のサイトで入手できるのですが、東京大学の渡辺努教授が実施した調査結果から以下の図表を示し

「馴染みの店で馴染みの商品の値段が10%上がったときにどうするか?」という質問に対して

  • 日本は、昨年8月の時点では半数以上が「他店に移る」と回答していた
  • 今年4月では「その店でそのまま買う」割合が欧米なみに半数を超えてきた

ことから「家計の値上げ許容度が高まっている」と話したわけです。

黒田総裁の講演資料から「値上げに関するアンケート調査」

その後

「この結果自体は、相当の幅を持ってみる必要はありますが、ひとつの仮説としては、コロナ禍における行動制限下で蓄積した「強制貯蓄」が、家計の値上げ許容度の改善に繋がっている可能性があります。いずれにせよ、強制貯蓄の存在等により、日本の家計が値上げを受け容れている間に、良好なマクロ経済環境を出来るだけ維持し、これを来年度以降のベースアップを含めた賃金の本格上昇にいかに繋げていけるかが、当面のポイントであると考えています。」

と述べています。

持続的・安定的な物価上昇のためには賃上げが必要で、そのためにも緩和的な金融政策を続けなければならない、という主旨だったのが、「家計が値上げを受け容れている」という表現だけ切り取られて炎上してしまいました。

「家計が値上げを受け容れている」というのは多くの人の生活実感に合わないので感情的に反発されるでしょうが、それでも調査結果が正しく使われているのなら特に謝罪の必要はなかったように思います。

ただ、今回はやはり自分たちの都合のいいように調査結果を利用した感じが否めません。

黒田総裁が引用した渡辺教授の調査結果はネット上で公開されています。

「5か国の家計を対象としたインフレ予想調査」(2022年5月実施分)の結果

https://www.centralbank.e.u-tokyo.ac.jp/wp-content/uploads/2022/05/household_survey_May_2022.pdf

問題の資料に関する質問文は以下の通りとなっています。

問.
あなたがいつも行っているスーパーで、いつも買っている商品(例えばA社のチョコレート、B社のビール、C社のシャンプー)の値段が10%上がったとします。あなたはどうしますか。以下のそれぞれについて「よく当てはまる」「当てはまる」「あまり当てはまらない」「まったく当てはまらない」でお答えください。

 よく当
てはまる
当てはまるあまり
当てはまらない
まったく
当てはまらない
何も変わらない。それまでと同じように、その店でその商品を同じ量、買い続ける。
の商品をその店で買い続ける。ただし、買う量を減らしたり、買う頻度を落としたりして節約する。
その店で買い続ける。ただし、その商品ではなく、少し質は落ちるが値段の安いブランドに切り替える。
その商品をその店で買うのをやめる。その商品を値下げせずに売っている別な店を探す。
値上げは許しがたいので、その店には今後一切行かない。
その店で値上げがあったことを友人・知人に知らせる。
その店で値上げがあったことをSNSに書き込む。

実は、「その店でそのまま買う」と「他店で買う」は二者択一ではなく、別の質問項目でそれぞれ4段階評価で回答してもらっていることがわかりました。

なお、4段階評価の調査結果は以下の通りとなっています。

5か国の家計を対象としたインフレ予想調査
出典:「5か国の家計を対象としたインフレ予想調査」(2022年5月実施分)の結果

確かに、「その店でその商品を同じ量、買い続ける」という項目で「よく当てはまる」「当てはまる」の割合が増えていますが、それによって「値上げ許容度が高まっている」とまで言えるでしょうか。

2021年(調査時期は8月)までは、まだ消費者物価の上昇が顕著ではなく、他店の価格は変わらないのにその店だけ値上げした場合を想定しての回答なのに対し、2022年(調査時期は4月)は多くの店で値上げを余儀なくされている(その店だけが値上げしているのではない)と思われる状況での回答、という違いがありそうです。

値上げしていない店がたくさんあると期待できるならそちらを探すが、そうでなければ仕方なく「その店でその商品を同じ量、買い続ける」あるいは「買う量を減らしたり、買う頻度を落としたりして節約する」人も増えてくるでしょう。

また、「値上げは許しがたいので、その店には今後一切行かない」という項目で「まったく当てはまらない」割合が大きく増えているのも、値上げを許しているというより、他の店も似たようなものだろうからその店だけを責めても仕方がない、という諦めの気持ちがうかがえないでしょうか。

今年に入ってエネルギー以外にも幅広く物価上昇が波及している中、物価の番人である日本銀行としてはなんとか批判の矛先をかわしたいのかもしれませんが、今回は調査結果の解釈がやや強引だったように思います。そもそも、ある店における購買行動の変化を物価全般に対する反応と同一視するのは無理があるでしょう。

消費者物価指数の推移

ある調査結果について、「どういう見方ができるのか?」「その結果からどこまで言えるのか?」を正しく読み解くのは実はなかなか難しいことです。

自社でアンケートを実施する際も、自分たちに都合のいい解釈に引っ張られて判断を間違えないためには、思い通りの結果が出てきた時こそ疑って見直す、必ず複数の目でチェックする、あるいは調査企画の段階から第三者のスペシャリストの力を借りるのもよいでしょう。

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